笑顔と涙の所有者

 




「約束を守れなくて…スミマセン。」

「猿野殿が気にすることでは…。」

異例とも言うべき地区大会の終了式が始まる、少し前。
黒撰高校3年、村中魁は、意気消沈した恋人、天国の呼び出しを受けていた。


天国が魁と必ず甲子園に行く、と約束を交わしたのは試合の後。
それは魁だけではなく、魁の弟の由太郎や、そして最高の試合を戦った黒撰のメンバー全員とかわしたものであった。

しかし、天国は律儀にも魁に謝罪を告げた。
それは魁の最後の甲子園への道の上へとつなげられなかったから。

恋人の道を…自分はつなげることが出来なかったから。


だから、天国は魁に謝罪をした。


頬に涙をつたわせながら。



「絶対…行くって決めてたのに…。」

「猿野…。」


痛みをこらえるように涙を零し続ける天国に、魁はたまらなく切ない…だが甘い気持ちを感じた。

勿論彼のこの辛さは、自分だけのものではない。

天国の仲間や…そして…。




「凪さんとも…約束してたのに…。」




ずきり。





「そうか…。」



そう。あの日…魁と天国が初めて出会った2回戦の後。
自らが打ち砕いた伝説の痕に駆け寄り、哀しげな背中を見せていた少女。

天国の涙は…彼女のものでもある。


それを聞いた時、胸の痛みを感じた。




だけど…。


「けど…っ…やっぱり魁さんとの約束が…。
 ホントに…っ。」


今のこの涙は自分だけのもの。



魁は。

その気持ちのまま天国に腕を伸ばした。




そのとき。





「兄ちゃーーーーーーん!!」

「!!」

突然、元気な声がひびいた。
誰かと思うまでもない、弟の由太郎だった。


魁は内心あわてて手を引くと、次の瞬間、村中由太郎が息せき切って姿を現した。



「あー、ここにいたんだ!」

「な…なんだ、由太郎?」

魁は動揺をポーカーフェイスの中に押しとどめながら、由太郎に用を聞いた。


「何って、もうすぐ閉会式はじまっちゃうぞ…って、さるの?!」


由太郎は、兄の前で驚いた顔をしている天国に気づいた。
しかもその瞳からは涙をこぼしている。


「なに…泣いてんだ? あっ、兄ちゃんがイジめたのか?!」

「え…いや、由太郎これは…。」


「ち、違うって!これはオレが勝手に…。」

由太郎が早とちりをしたのを、天国はあわててフォローに入った。
が、最後まで言う前に、また新たな人物がその場に現れた。



「何めそめそしてやがる、クソ猿。」


「だ…だれがクソ猿じゃ!!このコゲ犬!!」

現れた人物の言葉に、ほとんど反射的に天国は反応する。


現れたのは、十二支高校1年、犬飼冥。
天国とは犬猿の仲とよく言われるが。
それは逆に言えばお互いに一番意識しているともいえる、そんな存在だ。


「もたもたしてんじゃねえ、とっとと行くぞ。」

「だーっ!!分かってるっての!
 すみません魁さん、じゃあオレはこれで…。

 オラ、とっとと行くぞコゲ犬!」


「あ…猿野…。」

天国は、犬飼の脇を抜けてさっさと集合場所へと去っていった。


犬飼も軽く会釈をすると、その場を去っていった。



「何だ、あいつがいうとすぐ元気になっちゃったな。」


ちくり。



また痛む。



天国を元気にするのは自分ではない、そう見せられたような気がして。






だが、天国が本当の意味で元気を取り戻したのは終了式の出来事からだった。


全国高校野球 県対抗総力戦。
初の試みとなる大会の開会が宣言された。

それにより、敗退した球児たちにも、再度甲子園での大会に赴くチャンスが与えられたのだ。


その選抜メンバーには村中魁の名も…そして猿野天国の名も入っていた。



####


「猿野…っ。」

魁は、チャンスの与えられた喜びを、先ほど涙をこぼしていた恋人と分かち合うべく。
十二支高校のいる方向に向かっていった。

また、チャンスができたと。
しかも共に甲子園で試合ができる…と。

仲間として…。


そう思い、天国の元に向かった。

すると。


「やったね兄ちゃん!!」

天国と、彼の背に抱きつく小さな影。
兎丸だった。

「僕たちまだ先輩たちと野球できるよ!」

「ああ!!やったなスバガキ!」

選ばれなかった者たちも、天国の笑顔を見ていると悔しがる気持ちも薄れていくのか。
心からの笑顔で祝福していた。

「選ばれなかったのは残念っすけど、頑張ってくださいっすよ!」
「ええ。私たちはしっかりと応援に努めさせていただきますよ。」

「ん…頑張るな、オレたち!」

「ふん、バカ猿が選ばれたのは今世紀最大の奇跡だな。」
共に選ばれた犬飼も、毒づきながらも先ほどよりは柔らかい。

「まだ…野球ができるんだね。」
主将の牛尾も、このチームではないにしろ…与えられたチャンスをかみ締めていた。

「キャプテン、まだキャプテンですからね!精一杯やりましょう!」
「そうだね、猿野くん。」

天国の言葉に、牛尾は顔を綻ばせた。

天国は輝くように笑う。
それは先ほどのように、魁の無何ひそかに…しかし鋭く突き刺さる。



その十二支高校の様子に、魁はなかなか入り込めずにいた。
すると、その横から。

「さるのーーっ!一緒に野球できるな!!」

弟の由太郎が、物怖じすることもなくまっすぐに天国に向かっていく。

「由太郎…。」

「お〜〜チョンマゲ!今度はチームメイトだな!
 よろしく頼むぜ!」

また、天国は笑う。


「ハァイv猿野クン、私たちもよろしくねv」
「あっ姐さん!こちらこそよろしくっす!」


また、笑う。




ぐっ。



#######


「かっ魁さん?!どうしたんですか?!」


魁は、何も言わずに。
天国の腕を取ると、そのまま先ほど天国が涙ながらに離した場所へとつれてきた。

天国が先ほど凭れかかっていた壁に押し付けると。

何も言わないまま、天国を抱きしめた。



「魁さ…。」
「天国。」


低い声で、呟く。
天国はどきりとした。


(俺の名前…初めて…。)



「拙者との約束のために…と言ったな?」

「…魁さん?」



「拙者と野球ができて…嬉しいか?」

「!…はい…っ。」

(そっか、この人…。)


「…なら、いいのだ。」


嫉妬してたのか?


(…ホント生真面目だな…この人。)

天国は魁の気持ちと行動を思い。

魁ににっこりと笑った。


それは魁にだけみせる笑顔だ。


「オレは、魁さんと一緒に野球できるのが、一番嬉しいですよ。」



「…っ!」



魁は、天国の笑顔に堪らない気持ちになって。

天国の唇に口付けた。



「ん…っ。」


「ぅ…んっ…。」


キスは徐々にむさぼるように。

深くなっていった。




「っはぁ…っ。」


ようやく唇が離れた時、魁は真っ赤になって言った。


「抑えがきかぬ…すまない。」


「いいですよ…抑えなくても。」


あなただったら。と小さく小さく天国は呟いた。



笑顔も涙も、今は貴方のために。



天国は思いのままに魁に抱きつき。

魁は天国の身体を、ぐっと抱きしめた。



                                    end



お待たせして本当にスミマセン!

え〜と、あんまり嫉妬ぶかくないですね…
悠輝さま、このようなものでよろしかったでしょうか?

素敵リクエスト本当にありがとうございました!!



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